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      <title>N-Essay</title>
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      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2007</copyright>
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         <title>命と機械の間</title>
         <description><![CDATA[　産業革命が主に人の肉体の筋肉にあたる部分をメカに置き換え、心臓にあたる部分を動燃機械に置き換える事によって、人の生産力や武力を飛躍的に拡大した革命であったとしたら、ＩＴ革命は人の頭脳の働きをより早くより厳密にする道具の発明であったろう。

　コンピューターは最初は数値計算を行う道具であったが、やがてロゴス（概念・論理・言語）を駆使する機械となった。
　これを受け、一神教の神が人を作ったように、人も人間のように意思を持つ機械を作り出せるのではないかと考える人物が現れた。それが第五世代コンピューターの開発計画であった。しかしこれは失敗した。機械をどんなに精巧に作ってみても次の３つの能力を付加する事が出来なかったからである。それは命が持つ（１）生きたいという意思と衝動、（２）自分と同じ命を作り出す再生産機能、（３）状況や意味を論理によらず、固まりとして認識する能力の３つである。

　人と全く同じ肉体構造を持つ機械を作ってみても、その機械に「生きたい」という意思や「子供が欲しい」という欲望や「異性を好きになる」という感情を吹き込む事ができなかったのである。衝動や意思を持たない肉体は死体と同じである。
　機械に自分と同じ機械を設計し生産する能力を与えるには、気の遠くなるようなプログラムの数と部品の数が必要である。自己を再生産する機械を作るのは実際には不可能に近く、また次の世代を作った後は自動的に活動を停止して、死んで行く機械なぞは、神でなければ作れないであろう。

　「太郎は橋で泳いでいる花子を見た」「太郎は川で泳いでいる花子を見た」という全く同じ論理構造を持つ文章から異なった状況や光景をイメージする機械を作る事は非常に困難である。生き物は状況の違いから瞬時に意味を掴み取る能力があるのに対して、機械にこの能力を与える事は不可能に近く、その意味では翻訳や通訳を機械に完璧にやらせる事は永久に不可能なのかもしれないのである。
　高度ネット社会を迎えても命と機械の間を隔てる海峡は深い。その意味でも命の価値はますます高まるばかりであろう。

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＜長野市・西之門 ＞]]></description>
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         <pubDate>Sat, 31 Mar 2007 04:44:51 +0900</pubDate>
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         <title>みんな、みんな、いい子でいたい。</title>
         <description><![CDATA[　生産が集中し、流通が発達した近代社会では、分業が徹底する。誰かが何処かで牛を屠殺し、豚の皮を剥ぎ、鶏の首を絞めてくれない限り、牛丼もトンカツも焼き鳥も食べられない。しかし一般消費者はその残虐な場面に立ち会う事なく、グルメを一生楽しめる。
　立ち上ぼる焼き肉の香りと煙を前に、自分のペットの自慢を語り、動物愛護の必要性を熱心に語る風景が日常化している。食う側にいる限り、自分自身が毎日、動物の命を犠牲にしていることには気づかないか、気がつかない振りをして過ごせる。

　屠殺と牛丼の関係は誰にも明白なので、さすがに屠殺を業とする人を非難する人間やマスコミは出ないが、この関係があいまいな場合は大変である。業績不振の会社の人員整理や不要となった行政組織などの整理を担当する人間には凄まじい憎悪と非難が集中する。
　誰もが総論ではその必要性にはうすうす気づき、やらなければならないと分かっていても、自分が血刀を振るう立場には立ちたくないのである。改革を断行する人を「血も涙もない」「非情な冷血漢」などと非難する側に居た方が楽なのである。

　人が生きている限り、その営みを維持するための食料として命を絞め殺す作業は必要である。死者を煙として送る仕事も必要である。さもなくば地上は死体だらけになってしまう。食えば便が出、これを地上から解消する仕事も必要である。
　必要な仕事として牛の頭に向かってハンマーを振り続ける人がいるうちはいいが、誰もこの仕事をやらなくなったら、焼肉店は閉店である。同じ意味で、改革のメスを握ることを皆が忌避し、問題を先送りする事で、手の付けられない状況になっていることが日本にはまだ沢山ある。自分の手が血に染まる事は巧みに避け、第３者的な立場から綺麗事ばかりを言う人間が評価されるような風潮を、社会全体が改めていかないと日本は本当に沈んでしまうであろう。

　社会の木鐸（ぼくたく）や政治・経済に責任を持つ人間が、焼き肉を食いながら動物愛護を語る人々と同じ行動をとるのなら、その地位を即刻去るべきである。皆が皆、いい子でいたいでは、世間は回らない。その構造が見えなくなった大人が最近は多い気がする。

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＜長野市・暖冬の灯明祭・パティオ大門 ＞]]></description>
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         <pubDate>Mon, 19 Feb 2007 22:50:28 +0900</pubDate>
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         <title>蛇身(かがみ)割り</title>
         <description><![CDATA[　正月が終わった。今年の正月の参拝はされたであろうか。正月の神社には締め縄と鏡餅が飾られる。神棚や仏壇がない家が増えた昨今では、自宅に鏡餅を飾り、さらにこれを木槌で割って汁粉にして食べる鏡開きの経験する子供は極めて少ないことであろう。

　鏡餅は蛇がとぐろを巻いた姿を型取ったもので、蛇身（かがみ）餅からの転用と推測される。蛇の字は山蛇（やまかがし）などにも使われ、日本では蛇を表す音である。正月に鏡餅を供えるのは、古代人が蛇を恐れ、これを崇めた事から発した非常に古い風習らしい。これを叩き割って食べる事で古代人は、その強さを自分の身の中に取り込みたいと本気で考えたのであろう。だから鏡割りや鏡開きは今でも武道の世界で盛んに行われるのである。

　神棚の前に張られる締め縄も、蛇が絡み合った姿と考えられる。蛇の交尾は激しく数十時間も牡牝が絡み合ったまま、のた打ち回る。これを見た古代人が、その生命力に感嘆し、これを祭ったものと思われる。ところで我々は古代人を笑う事はできない。私の友人Ｋ君は夜の街に繰り出す毎に必要もないのに必ずマムシドリンクを飲む。これも期待の混じった現代の信仰の一つである。Ｋ君は古代からのこの崇拝心の正当な継承者なのである。

　古代人が蛇を崇拝したもう一つの理由は、脱皮しながら生命を更新する姿に命の再生を見た事であろう。また、古代人の遠い祖先でもある原始人類にとっても、危険を避けて木の上で眠っている深夜に、音もなく木を登って来て、眠気混じりの目の前で鎌首を持ち上げる蛇は最も苦手とした相手でもあったのであろう。この記憶は今でも人類に残っており、現代人の子は生まれて何も学ばない先から本能的に蛇を恐れる。

　さて、汁粉の餅とあんこは全国共通であるが、正月の雑煮はロ−カル色が極めて強い。しかし大まかには東日本と西日本に分けることができる。その境界線は金沢市から和歌山県新宮市を結ぶ線上にあり、これから東の雑煮は角餅にすまし汁で、長野県もこの圏内に入る。西は丸餅に味噌汁である。更に餅をそのまま煮るか、焼いて汁に入れるかの差が県別にあるが明確な境界線は引けない。味噌汁も近畿圏の白味噌、他の地域の赤味噌がある。なお山陰の雑煮はぜんざい雑煮で文字通り小豆を煮た甘いぜんざいである。これらの違いは西日本と東日本の本質的な文化や伝統、宗教観や価値観の差を反映しているものと考えられるが、この点はこのＳＮＳのコミュニティの中で、皆で考えていきましょう。

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＜飯田市・元善光寺の新年 ＞]]></description>
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         <pubDate>Mon, 22 Jan 2007 12:27:06 +0900</pubDate>
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         <title>ダンディズム</title>
         <description><![CDATA[　隻眼の伊達政宗は意外におしゃれな男で、１５９２年、聚楽第から九州に向かう３千の伊達の武者揃えが京の人を唸らせ、ここから伊達男の表現が生まれたという。

　世界の言葉には意外な共通性があり、イスラム教のアラー、キリスト教のアーメン、仏教のアーミダーなどの音の共通性は偶然とは思えない。日本語の寺も英語のテンプルと音が似ている。伊達も英語のダンディに音が似る。ダンディズムは１９世紀初頭のイギリスで流行った概念なので、戦国時代のサムライのかっこ良さに驚愕したイギリス人が祖国に持ち帰って言語化したと夢想すれば愉快である。

　ダンディズムには①外見上の洒落と②知識、教養、品格、美意識、心意気などを含む、男の内面上の洒落との２通りがある。戦後日本では栄養状態の改善と生活習慣の西欧化で背が高く、足が長く、顎の細い外見的にはかっこいい男が増えた。しかし逆に内面的にかっこいい男は減少した様に思える。実際には今でも内面がダンディな男はいる筈で、彼等は市井（しせい）の片隅で淡々と生きているのであろう。世間がかっこいいと気づかないからと言って、愚痴ったり、自己アピールをしたりしたら、それはかっこわるい事になってしまう。

　それでも内面がかっこいい男には出会わなくなった。中味は粗悪品でも、何重もの包装紙に包み、大きなリボンを付けてプレゼントすれば、相手が大喜びするような外見の伊達が優先される時代には、古新聞に包んだ名陶の古器をぶっきらぼうに相手に突き出す様な内面の伊達に心ときめかせる女性は死滅する。少し成功すると高級車に乗り、さらに成功すると高台に高級住宅を求め、世間に知られると肩書や書付を求めて走り回る。

　「秘すれば花」。知識、審美眼、品性、武芸などを身内に秘し、木綿の古着でうつむき加減に世間の片隅を歩く男達はどこにいったのだろう。努力し身に付けた良きものを全部は出さないで生きていくのがかっこいいのである。一陣の風に翻った着物の裾から真紅の絹の裏地がちらっと見えるのが真の伊達なのである。

　時代が危機に瀕した時、伊達の見識や勇気が本当に試される瞬間が来る。それまで、普段は道の端を歩きましょうね。

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＜昔日の下諏訪＞]]></description>
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         <pubDate>Wed, 03 Jan 2007 05:07:25 +0900</pubDate>
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         <title>サブ・カルチャー</title>
         <description><![CDATA[　サブ・カルチャーは「正統的・支配的な文化ではなく、その社会内で価値基準を異にする一部の集団を担い手とする文化。下位文化」と説明される。

　歴史的にも伝統的にも世界の都市は新しい価値や生き方、先端的な芸術や文化を生んできた。確立された現状の価値観や芸術観に異を唱える人々によって新しい価値や文化が都市の片隅に誕生し、それが次の新しい時代を作ってきたのである。

　都市には「怪しげなもの、あやふやなもの、時代の価値から非難され、排除されるもの」が生きていける隠れ家が必要である。大都会と田舎の都市の決定的な違いはこのサブ・カルチャーが有るか無いかである。
　どこから来たのか、何をやって食っているのかが判らない異様な髪形・服装の集団が、絵を書いたり、楽器を奏でたり、路上パフォーマンスをしたり、アジ演説をしたり、理解不能の寸劇を広場で演じたりすることを赦す空気が必要なのである。

　マスコミで連日、特異な殺人事件や誘拐事件が報じられると、統計的に本当に凶悪犯罪が増加しているのかどうかも確認せずに、犯罪防止条例検討会議などで、社会活動が大好きな方々が「青少年の不良化を防ぐために、皆でたすきを掛けて、夜の街をパトロールしましょうよ」なんて大きな声でアジる地方都市にはサブ・カルチャーは育たない。

　都市には寛容が必要である。法律や犯罪を構成しない限り、あいまいな倫理観や伝統的価値観に合致しないものでもあっても排除しない姿勢が大切である。都市の運営に責任を持つ行政や経済団体にもその辺の匙加減が求められる。

　印象派の絵も、ロートレックのポスターも、パリの酒と煙草の煙りにまみれた雑踏と喧騒、熱狂と退廃の中から生まれた。浮世絵も江戸庶民の美人画や枕絵から発達したもので、現代の週刊誌グラビアやプリクラと何ら変わらない。日本文化を代表する歌舞伎も、江戸の悪所とされた芝居小屋から生まれ、何度も幕府からの取り締まりにあっている。
　アメリカのポップカルチャーも、ニューヨークのソーホーやグリニッジビレッジに集まった若者たちによって作られてきた。ビートルズの音楽も、リバプールの下町から生まれた。寿司も蕎麦もてんぷらも江戸の屋台から誕生した食文化である。ジャズも都市の雑踏と喧騒の中から生まれた。

　サブ・カルチャーを育てられない地方都市に未来はないであろう。頭の硬い地方の有力者たちの影響力を極力排除しながら、次の時代の文化を担うデザイナーや演奏家、調理人や役者の卵たちが住みに寄って来るような魅力ある街をどうやって作るかが大切である。
　多様で自由なネットでの出会いを可能にするＮ－ＳＮＳは、その成立に大きく貢献することであろう。

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＜[N-EX1] SHOW CASE N 開催中の西之門よしのや＞]]></description>
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         <pubDate>Wed, 29 Nov 2006 01:25:05 +0900</pubDate>
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         <title>新・世界思想の誕生</title>
         <description><![CDATA[　人類が他の生物と違う点は、言語を持ち、言葉によって構築された物語を共有する事で集団を維持してきた点であろう。言葉によって造りだされた物語は宗教や民族誕生の神話、ある時は政治思想の流布であったりしたが、その神話や物語に基づき維持運営される集団が国家や社会体制と呼ばれてきた。

　言葉による伝達方法が肉声による音だった時代には、その神話を作る者は教会で説教する牧師や、辻で法話を説く僧侶であった。社会や国家を支える思想や幻想はこれらの人々が創造し、民衆に伝えた。その時代には教会や寺院が権威であり、カソリックや仏教が民衆をリードしていた。中世である。

　印刷術が発明されると、神の言葉は聖書に印刷され教会や牧師を通さずに人々に直接に伝達される様になった。教会の権威は揺らぎ、無教会派やプロテスタントが誕生した。中世が終ったのである。もう一つ、印刷文字によって世界に伝播され、二十世紀を代表する世界思想となったものにマルクス主義がある。共産思想はその誕生から終焉まで全て印刷文字よって伝達されている。そしてその革命思想によって数億を越える人々が命を失った。

　ラジオの発達は世界戦争を可能にした。ヒットラーによる激烈なラジオ演説はドイツ国民を熱狂させ、ナチズム誕生の背景となった。これに対抗、ロンドンから仏国民にレジスタンスを呼び掛け続けたドゴールの伝達手段もラジオであった。英国民にナチと戦う勇気を鼓舞し続けたチャーチルの思いもラジオで発信された。敗戦を全日本国民に納得させたのも昭和天皇による玉音放送であった。帝国主義と世界大戦はラジオが生んだとも言える。　

　ＴＶは映像をそのまま見せるメディアである。活字やラジオの様に人々の想像力を掻き立てる事はないので、熱狂の時代が終了した。
　さて、インターネット時代である。既存メディアは社会を主導する力を既に失っている。二十一世紀の新しい思想や哲学、神話や幻想はネットの中から生まれて来るのであろう。不特定多数の大衆にメッセージを発信する時代が長く続いた後に、個々が対話するネット社会の到来である。ここからは一体どんな世界思想が誕生して来るのであろうか。

<img alt="nessay1.JPG" src="http://www.n-sns.jp/n-gene/essay/img/nessay1.JPG" width="540" height="334" />
 ＜2006年秋の長野駅コンコース＞]]></description>
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         <pubDate>Sat, 07 Oct 2006 11:02:28 +0900</pubDate>
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